
100年前ってなにがあったかご存知ですか?
実は意外にもまだ関東大震災すら起こっていなかったのです。
何が言いたいのかと言えば、当時の東京には東京タワーやハイタワーマンションどころか、高層建築と言っても「浅草12階」と言う12階建ての建物が最高層の建物だったのです。(正式名称は浅草凌雲閣、日本初のエレベーターを備えていた。関東大震災で倒壊し再建されることはなかった)当時の経済事情は東京よりも大阪の方が経済規模が大きく、浅草12階より前に「キタの9階・凌雲閣」と言う高層建築があったと言います。これらの建築物は明治20年代からの流行であった高層建築のひとつの究極の形であったと言われています。

バブルで広がった東京の面積
時代はだいぶ遡ってバブル前の日本には東京タワーより高い建築物はありませんでした。(1986年以前)東京タワーは333mなので、当然すべての建築物を見渡すように建っていたことになります。その後高層建築に対しての法整備が進み高層建築が認可されるようになったために、東京都内の可処分不動産の面積はバブル前の6倍になったと言われています。(現在はハイタワーマンションなどが出来たのでもっと広くなった計算になります)

想像もつかない100年前
ここまでをご覧になった上でなにが言いたいのかと言えば100年前の状況では今の時代は全く持ってそうぞうすら出来ない状態だったと言うことです。電話もない家が当たり前だった時代から見たら一人一台スマホを持つ時代が来るとは誰も想像していなかったと言うことですね。(スマホですら20世紀のポケベルの時代から見たら想像出来ないほどの大進化です。PC一台がポケットにあるのと同じですから)
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フランスのパリに行くと100年前の建築物は普通に使用されています。もちろん日本のような木造建築ではなく石やセメントで作られたものですが石盤に平気で「1898年建築」とか彫ってあるのです。この100年の間にエレベーターが付いたりエアコンが付いたりしたでしょうが、基本の躯体には変化がありません。(当然ですが全ての建築物が残っていると言うわけではありません)つまり100年間改良を重ねていると言うことになります。トイレは地下が多く、身障者の方にとっては非常に困ることが多いように感じるのですがそれも今後改良されて行くのでしょう。

想像力のなさが未来を閉ざす
私たち日本人が100年前を想像出来ないように、100年後も想像出来ません。それこそ、耳に装着するヘッドフォンくらいの大きさのスマホやPCが出来るかもしれません。視力にあわせて度数が変わる眼鏡や全ての騒音が消えるノイズキャンセラー、ポケットに入る発電所など、まるでSF映画のような世界です。
対してパリのような100年前の建築を今でも活かせるところは100年後も今の建物を改良して近代的な建築物として使用する可能性が高いと言うことを意味します。(100年前の人たちが100年後を想像して建築したとは思えませんが)

長期的な計画と運営の必要性
今後人口が激減し、経済的にも苦境に陥るであろう日本にとって遠い未来を想定した計画が必要なのは言う間でもありません。なぜなら長期に渡る計画は安定した活動と安定した運営が可能になるからです。場渡り的に毎年毎年箱もの行政とバラまき政治を重ねていたらいつか予算は枯渇し立ち行かなくなります。その前にもっと長期的価値観から時代を変えて行く必要があるわけです。
今の地域を巡る活動、予算、人材、100年後を見据えていますか?
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