昭和の小学生
昭和の時代、小学生は学校にコマを持って行ったりタコを持って行ったことがありました。理由は「休み時間の遊び」のためです。今ではコマって言うと解らない子供も増えていると聞きました。コマとは「独楽」と書きます。こんな感じのものです。
実際に小学校に持ち込まれていたのは麻で作ったヒモを巻いて投げるようにして回すコマでした。(驚いたことに当時使われていた独楽の画像が見つからなかったのです。もうすでに絶滅しているんですね)言葉では「独楽」1人で楽しむと書きますが、実際は大勢で決められた枠の中で独楽を回し、先に投げた人の独楽に自分の独楽を打つけるのが基本ルールです。相手の独楽を弾き飛ばしたり、色が移ったりしたら勝ちと言う地域ごとの微妙に異なるローカルルールがあり1月の小学校の休み時間は「独楽回し」が本当に行なわれていたのです。
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同様に「面子」(メンコ)と言う遊びもありました。厚紙のカードにさまざまな絵柄(アニメのヒーローだったりスポーツ選手の似顔絵だったり)そのメンコを決められたエリア内で地べたに叩き付け相手のメンコをエリア外に出すとそのメンコがもらえると言うルールでした。エリア外に出さなくてもひっくり返しただけで勝ちと認められるルールもあったりしてこれもローカルルールがありました。1月の休み時間は「メンコ」をやっていたと言う中高年も多いのではないでしょうか?
この歴史は大正時代くらいの子供から続いていたのは間違いなく(証言をとったので)軽く見ても50年以上は続いたのだと思います。しかしファミコンの台頭であっという間に絶滅しました。
休み時間や放課後、休日の校庭
休み時間や放課後、休日の校庭はまさにこう言った光景が普通にありました。他にもドッジボール、ソフトボール、サッカー、野球など校庭を使ったスポーツもさかんに行なわれていたのをご存知の方も多いと思います。(昭和時代の小学校に通っていた皆さんは良くご存知だと思います)誰ともなく約束をして校庭に集まる光景はすでに絶滅した懐かしい記憶の中の光景になってしまっていると思います。
なぜ絶滅したのか?
これは上記の通り、ファミコンから始まる超インドア学生生活から始まる草食化が原因なのは明白です。しかし同時に言えることは、単に子供の遊びであったがためにわざわざ「保護する」必要性を感じなかったことが一番の問題であったのではないかと思います。実際に江戸時代の遊びも保護されたと言うよりも「復活させた」と言うのが正しいと思います。なぜ復活させる必要があったのかと言えば「一度絶滅」したからに他なりません。
歴史として残せるか?
今では各地に広がる「昭和」をモチーフとしたアミューズメントパークなどに残るほかはまず見かけなくなってしまいました。しかしこれをどうにかして残せるようにしたら良いと思うのです。例えば一年のうち一ヶ月だけ「想い出月間」として学校や地域の子供たちが集まれる場所でこう言った遊び方やゲームを教えるようなイベントもあって良いと思います。公共主体で良いと思うのでぜひ検討して頂けたらと思います。
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