軒先図書館?
長崎県で一般市民が自宅前に小箱を置き、好きな本を借りることができる「マイクロライブラリー」が増えているといいます。バブル以降、めっきり本を借りるという考えは衰退し公共と学校が保持する図書館がだけが細々と運営を続けて来ましたが、一昨年あたりから地方の市町村が持つ図書館とレンタルのツタヤがコラボした新しい図書館が生まれることで、にわかに「昔ながらの図書館のインオベーション」が流行ってきていました。図書館自体の新しい建設に伴い、館内には「スターバックスコーヒー」なども設置され、そのオシャレな雰囲気に高校生から大学生までが勉強のために利用するケースなどが増えていたのです。
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大人にとってはティーンエイジャーに紛れて本を読んだり調べ物をしたり、新たな勉強を行うのは少し抵抗が出てきた頃に、もう一つの図書館の姿が出てきたことになります。
人口減と出版部数
本来、人口減の日本において図書館のみならず書籍自体の出版数雨も減少していくのは当然であり、売れない書籍の回収と処分もドンドン進んできています。そのため出版業界もかなり商業ベースに偏った運営が増えているといいます。そんなことから20世紀の頃にあった「書籍に関する夢や希望」が希薄になり、貴重な書籍が忘失される可能性も高まってきていたのも事実であると言えるでしょう。街角の書店の閉店が続き、同時に電子書籍化も増加し従来の出版と図書館の関係は少しずつ変化をせざるおえない環境になってきていると言えるのではないかと思います。
中古本の行方
ブックオフのようなリサイクルに流通する書籍は通常発行部数も多く、どこででも読める書籍が多いのですが、やはり貴重な文献や古書などは神田の古本街などに行かなければ手に入らないし、前記のツタヤとのコラボされた図書館などではそう言ったいわゆる「借り手の少ない」書籍はドンドン書籍棚から撤去してしまいます。また、寄贈ではなく貸し出しという観点から見ても持ち主が思い入れのある書籍を手放したくない場合、その本は個人蔵書として眠ってしまう可能性が少なからずあったわけです。
一見、時代に逆行する流れ
奇しくもネット全盛期である21世紀においてその動きとは真逆の「軒先マイクロライブラリー」が生まれたのはとても喜ばしいことではないでしょうか?アメリカでは単なる本の貸し借りだけではなく様々な情報のターミナルポイントとしての図書館の存在が再注目されていて貧しい家庭の子供達だけではなく高齢者や学生全般に至るまで図書館に集いコミュニケーションと情報共有の場として活用する動きが出て来ています。
アメリカに追従する図書館
その動きに遅れること数年の日本ではありますが、地域のコミュニケーションを伴った「マイクロライブラリー」の活動は今後の地域活性化に少なからず一翼を担っているように思います。
マイクロライブラリー活動を地元にも広げてみませんか?
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