日本にない日本画
江戸末期に日本中を席巻した浮世絵はその後商品の包み紙として世界へ放出され現在では世界中の博物館に展示されています。これは日本の文化をみすみす世界へ放り出したのと同じ構図になっていますが、その回収には日本政府は全くと言っていいほど動いてはいません。
保護されていた芸術
なぜこんなことになったのかと言えば江戸時代、お金をたくさん持っている人たちの間では芸術品を買い漁る文化がありました。もう少し正確に言うと芸術家を養ってあげる文化があったのです。お金持ちほどそういった芸術家を何人も養い、いい絵を描かせて自分の家の伝統と文化の継承として保管させていたのです。
流出して行った浮世絵
ところが明治維新が起こり最初に行われたのはそう言った道楽を止めるための税金が次々と成立して行ってしまったことがあります。そのため芸術家は飯が食えなくなり多くが路頭に迷いました。明治後期にはすでに画家を目指すことは金持ちの家の子供に生まれた道楽の一環として一種の仕事に馴染めない姿として描かれています。そのため江戸末期の浮世絵の数々はその存在場所を失い商品の包み紙として世界へ流出していく様は一種の明治の文化に対する報復のようにも見えます。とても残念なことになってしまっていますが。
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さて今、この浮世絵と同じ運命をたどりつつあるのがタンスなどの家具類、そして和服です。EU圏での日本文化は寿司と同様とても人気があり、古着も本物の江戸時代のものであれば購入希望者も少なくありません。ただそこはお金をかけたがらない文化なので古着としては買い叩かれる運命にあると言っても過言ではありません。残念ながら日本人は新しいもの好きですから古びた着物より新しくプリントされたトロピカルな浴衣の方を好んでしまうのです。そのため古い和服などは二束三文で大阪の四天王寺の古着市などで売られています。
和服の文化すら
以前もお話ししましたが日本の和服の染色技術はすごいものがあります。なぜなら通常10年でボロボロになる和服を染色により100年単位での保存を可能にしているのです。その技術は本来なら世界に向けて公開してもいいレベルの話なのです。それがいつしか中国製品に負け、ケミカルに負け、格安の1年で捨てる文化に負けてしまっているのです。
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これではきちんとした技術を伝承した和服はそうと多くない未来に日本から絶滅するのは明白と言えるでしょう。一部の和服は芸術品として細々と残り、大半は中国製に取って代わられ、歴史あるものは世界へ流出するという具合です。
今からでも遅くありません。浮世絵と同じ運命をたどらせないためにも和服は保護するべき素材のひとつであると考えています。
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