ふるさとRe:Boot研究所

本当のふるさとを愛するために今私たちの出来ること

機織り

約3分
機織り

 

とある地方のイベントでのこと

先日、とある地方でのお祭りに高校生が浴衣を着て地元を外国人に案内するというイベントがありました。その際に面白い話を聞いたのでご紹介しようと思います。

今時は女子高生が浴衣の着付けができることなどは少なく、親御さんですら自分の着付けもままならないなんて話は決して珍しい光景ではありません。今回のイベントもまさにその通りで着付けを担当する先生も悩みを抱えていました。

親御さんの助け

その時、一人の女子高生のお母さんが「私が手伝いましょうか?」と着付けを買って出てくれることで無事にそのピンチを回避することができました。そしてその手つきのあまりに見事なことを感心していると「私は若い時に地元の呉服屋さんで働いておりました。そのため生地類の取り扱いは慣れています。また着付けもその際に学ぶことができました」とお話しされておりました。

ここまでのお話だと地元の活動を支えてくれたいい親御さんのお話なのですが、そのお話には後日談があります。着付けをしてくれた親御さんには娘さんがいます。言ってみれば親御さんは自分の娘さんに着付けをしてあげたことになりますね。その娘さんの友人に「〜ちゃんのお母さんはスゴイね」と言うと意外な答えが返ってきたのです。

 

特技は裁縫

「あの子は昔から裁縫が得意でした。中学の家庭科も誰よりも早く裁縫を仕上げていましたよ」と言ったのです。今時家庭科のしかも「裁縫」が得意な女子高生って珍しいと思いましたが、今では全国から見てもトップレベルの進学校である某女子校も毎朝裁縫の授業を行うと言います。手先を動かすことが結果的に見て脳の働きを活性化することをいち早く取り入れてのことだと思いますが、それくらい裁縫の授業は再評価されている授業でもあります。

機織りが出来る高校生?

加えて「あの子は機織りも得意で機織りの伝統技術を伝承している施設で試しに機織りをしたら施設の方からうちで弟子入りしないか?」と言われたと言います。機織りと女子高生。今の都会ではまずお目にかかれない組み合わせだと思いませんか?

かつての女性たち

私の母が嫁いでくる際に祖母から反物と和服を数着分持たされて来たと言っていました。当時は反物を買うお金もなかったので絹糸の生産から機織り、さらにはそこからの着物を縫製するところまで祖母が一人でやったと言っていました。今思えば昔の女性はそれくらいマルチタレントであったと言ってもいいでしょう。

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その高校生のイベントを主催した先生は今後「藍染」を授業や地元のイベントに出来ないか?と計画をしているそうです。女性の手から手へと受け渡される伝統に夢を感じる人は多いのではないでしょうか?

About The Author

代表katoP
katoP(Pはプロデューサーの略)
神奈川県生まれ。
神奈川の県央部の高校を卒業し東京にて大学を卒業。
20世紀を不動産業と金融機関交渉代行を仕事として過ごす。
(主に賃貸と都市銀行との交渉)
21世紀に入り町おこしのプロデューサーを始め、独自メディアの編纂やコストを減らした広報手段等をアドバイスしてきた。
創刊した広報誌の編集長は軒並み2年以内に各都道府県の知事と対談しTVに出演、中には世界規模の活動に成長した組織もある。
このたびその活動を元に日本中で行われる町おこしの実体と検証、また主に学生たちの町おこし活動をまとめ、各地の町おこしの参考実例集を作るべく「ふるさとRe:Boot研究所」を立ち上げた。
各メディア記事と実例を元に、独自の視点でのイノベーションを提案するスタイルにファンも増加中!!

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