ふるさとRe:Boot研究所

本当のふるさとを愛するために今私たちの出来ること

湯布院の奇跡

約3分

ダムに沈むかもしれない温泉地

 

最近youtube動画などでネットをにぎわせてくれている湯布院ですが20世紀の頃はいつ消えてもおかしくない寒村の温泉地になっていた時代がありました。当時は人口減も今ほど叫ばれておらず、純粋に観光地としての自立を迷っていた時代と呼んでもいいのではないかと思います。別府温泉に観光客誘致数で10倍以上の水をあけられていた湯布院は世代と地域の葛藤を見事乗り越えて今ではとてもユニークなマーケティングを行っています。

YouTubeをも賑わす温泉

今現在湯布院という単語をyoutubeで検索してもかなりの数の動画がアップされています。ぜひ一度ご覧いただくのがよろしいかと思いますが、地元自らの動画の公開やテレビ番組、旅行客の公開した画像など本当に多岐にわたっています。また、これから紹介する20世紀に始まったまちおこしも今でも元気に集客に役立っています。これもひとえに地元のみなさんの努力の結晶と断言してもいいと思います。

震災を覆した「辻馬車」

今でも現役で大活躍をしている辻馬車(4頭立ての馬で引く馬車)は大分大地震の後に始まりました。当初、震災後にお金が全くないという環境で馬の用立てから車の改装まで120万を借金で補ったと言います。元になった車も無料でもらってきたものだったそうです。しかし5kmの道のりを愛らしい馬が90分かけて引く姿は人気を呼び並んで待つ観光客が続出し当初は震災の後にもかかわらずすごい活気だったとのことです。

実は無傷だった被災地周辺

実は大分大地震の被害は震源近くの一軒の温泉旅館が倒壊したのみで、他のエリアはほぼ無傷であったのですが風評被害とは恐ろしいもので「湯布院全滅」と報道されてしまったと言います。しかし地元の皆さんの尽力を持って見事にその風評を克服することに成功したのです。そのきっかけになったのがこの「辻馬車」なんですね。

星空の下のコンサート

また震災後の復興の証として星空の下で九州交響楽団のコンサートを開いてそのイベントをそのまま毎年の恒例行事にしてしまうあたりもとても地元開催のイベントを大切にしているのも特筆すべきことだと言えるでしょう。

奇跡には理由がある

あと、これはぜひ参考にしてもらいたいことがあります。それはまだ「記者クラブ」と言われるメディアの出張オフィス代わりの部屋が官公庁にしかなかった時代、湯布院には「ゴロゴロ部屋」というメディアの方に向けて専用の記者クラブのようなスペースを解放していたことです。これはとても好評であったようで今のメディア対策が得意な湯布院は20世紀の頃からすでにその片鱗が見られていたのだと思います。

シェアオフィス的な使い方

今ならさながらネット環境とエアコン、ファックス、フリードリンク完備の記者クラブが一観光地の温泉旅館の一室になっているといった感じでしょうか。昭和の時代であればかなり前衛的な選択だったと思います。今の人口減の時代、地方の市町村はそういったスペースを有効に使ってメディア対策やスタートアップのためのシェアオフィスなどを充実化する方策は必須になっていくと思われます。

一朝一夕では終わらないまちおこし

湯布院が歩んできた道のりを見ると「まちおこし」は簡単にはいかない、一朝一夕の一過性のものではないことが伝わってきます。時間を積み重ね歴史とともに進化するふるさとを作るのはとても難しいことですがふるさとをこよなく愛する人たちならではの結果も手にされていると思いました。

About The Author

代表katoP
katoP(Pはプロデューサーの略)
神奈川県生まれ。
神奈川の県央部の高校を卒業し東京にて大学を卒業。
20世紀を不動産業と金融機関交渉代行を仕事として過ごす。
(主に賃貸と都市銀行との交渉)
21世紀に入り町おこしのプロデューサーを始め、独自メディアの編纂やコストを減らした広報手段等をアドバイスしてきた。
創刊した広報誌の編集長は軒並み2年以内に各都道府県の知事と対談しTVに出演、中には世界規模の活動に成長した組織もある。
このたびその活動を元に日本中で行われる町おこしの実体と検証、また主に学生たちの町おこし活動をまとめ、各地の町おこしの参考実例集を作るべく「ふるさとRe:Boot研究所」を立ち上げた。
各メディア記事と実例を元に、独自の視点でのイノベーションを提案するスタイルにファンも増加中!!

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